熊本の農業

後ろを見ても仕方がない、「やらんと!」っていう感じ。
出田 知行さん / 熊本市東区画図町

2017.02.15

浜線バイパスを嘉島方面へ向かった加瀬川沿いに広がる田園地帯。その地で専業農家を営む出田知行さんは、就農8年目の38歳。代々受け継がれてきた家業を、父と2人で守り続けている。手掛ける作物は米、麦、大豆。ブロックローテーションを導入し、表作で米と大豆を、裏作で麦を栽培し、水田の高度利用を図っている。以前は米のみを作っていたが、減反政策や大豆転換の進めもあり、父の代より大豆をはじめた。「うちで作る大豆は『ふくゆたか』。豆腐や納豆に合う品種。高品質で美味しい」と自信を覗かせる。しかし、この辺りは土地が低いため水害になることが多く、浸かってしまって全滅したという経験を何度もした。今では排水ポンプ場が出来たことで状況はかなり改善されてきたが、「芽が出るまでは本当に気が抜けない」と、その大変さを語る。

海外の農業研修に参加するなどグローバルな視点が大事という父の明人さん。
お父さんと二人三脚で大事にしてきた農業。継いでくれて本当に嬉しいと話す母の美保さん。

作物が育つ凄さを目の当たりにし、「誇り」と「面白さ」に気付いた。

家業を継いで約8年。以前は食品関係の会社員だった出田さん。「いつかは農業を継ごうという気持ちはあった。やるならしっかりやっていきたいと腹をくくった」と、就農決意した当時を振り返る。とは言え、「農業に関する知識も全くなかったし、正直、農業へのイメージもあまり良いものではなかった」と本音も明かしてくれた。しかし、実際にやりはじめてからは見方が変わり、面白さに気付くことができたという。「確かに大変なこともたくさんある。でも実が出来たときは本当に嬉しいし、何もないところから生えてくる姿に感動する」と、今では完全にのめり込んでいる様子。「収穫のときは、この仕事をやっていて誇らしく感じる瞬間です」と、日焼けした笑顔で答えてくれた。

私を伸ばすことを考えて くれている父の想いに感謝。

 共に仕事をする父については、「今まで見えなかったことや気付かなかった父の姿を知ることができ、父の凄さを実感した。何でも任せてくれ、意見も取り入れてくれるので何にでも挑戦できる」と、以前よりリスペクトするようになったという。

やっぱり地震の影響は非常に大きかった。

地震の影響で年内はどうしても復興がメインになり、今も尚、その合間に農作業をする状態が続いているという。「作業機も潰れ、自宅も倒壊物で道がふさがってしまい4日ほど出られず地区に閉じ込められた。乾燥施設もやられてしまい、水も引くことが出来なくなった」。そのことから水稲から大豆へと転換することに。「ブロックローテーションで大豆を作っていて良かった。水が出なければ大豆しか作れない。父の代で大豆を導入してくれたおかげ」と胸をなで下ろす。「みんな前を向いて頑張っているが、現実的な問題としてとにかく機械や小屋を復旧し安定させることが最優先。そのことで今は精一杯の状態。でもこの地震を良いきっかけとして災害に備えていきたい」と決意を口にした。

先は可能性に満ち溢れている。

最後に今後のビジョンを聞いてみた。「大豆においては高品質なものを安定して作っていき、味噌屋や醤油屋などの販路を見つけて開拓し、また、海外にもぜひ打って出たい。でもまずは絶対量が個人では圧倒的に足りないので、周りの農家さんと連携していくことも視野に入れていきたい。大豆はせっかく父が導入してくれたものだし、今回の震災で大豆によって救われた部分もあるので、父の背中を見ながら、学びながら、これからも父と共に頑張っていきたい」。

大豆農家ならではという、豆乳メーカーでつくるしぼりたての豆乳はまさに絶品
「3人で写るとは初めてたいね〜嬉しかねぇ〜」