熊本の農業

自然にはどうしても勝てない反面、その自然によって自分たちが生かされている
石田 俊行さん / 阿蘇市

2017.02.15

阿蘇外輪山を望む、雄大なカルデラの中に位置する阿蘇市の田園地帯。そこで専業で農業を営む石田俊行さんは、就農2年目の37歳。今年の3月に結婚し、両親と奥様の4人家族。〝夏秋トマト〟と〝水稲〟を手掛けており、両親と3人で農業に情熱を注ぐ日々を送っている。「トマトを始めたのは父の代から。扱う品種は〝りんか409〟。これはトマト生産に求められる収量性に優れ、耐病虫性を持ち、しっかりとした肉質ながら口の中でトロける食感と糖度の高いコクのある味わいが特長」と石田さん。行程は、接ぎ木してある苗をポットに植え、大きくなったら地植えをし、水や肥料を与えながら受粉して約50日程度で収穫という流れ。しかし、その道のりには多くのデリケートな作業があり、「一筋縄ではいかない。日々格闘している」と、その大変さを語る

石田さんが尊敬する、父の健一さん。紐の太さや結ぶ力加減ひとつとっても、気を遣います。
芽摘み作業中の、母の朝子さん。芽以外に花も摘み、一枝に3〜4個残すのがコツ。

大変さを知っていたからこそ、途絶えさせるわけにはいかなかった。

 親の姿を見続けていた石田さんは、農業高校を卒業し、久留米の試験場で野菜の研修生に、その後、阿蘇の薔薇園「はな阿蘇美」に7年間勤めるなど、家業を継ぐべく自然作物に関わる道を歩んできた。ところがその後、道を外れる選択をすることに。「ある縁があり、自動車部品を作る会社に勤めた。そこは連休やボーナスがあり、会社勤めでしか得られない魅力に心が揺らいだ」と当時を振り返る。しかし、その会社で7年が経った頃、父の体調に異変が起きた。ある日、父から「体調に不安がある」と、農業縮小の相談を持ちかけられた。ずっと親の姿を見続けてきて、その大変さを知っていたからこそ、『途絶えさせるわけにはいかない』と継ぐ決心をした」という。「簡単に継げるほど農業は甘くないのは承知の上。でもやると決めたからには、必死でやる」。35歳にして、人生を掛けたチャレンジが始まった。

まだまだ自分は発展途上。

 実際にやっていく中で、その難しさを痛烈に感じているという。「いいものを作るというのは、ただ真面目にやるだけじゃ駄目。知識や技術を持っていないと」と厳しい表情を浮かべつつ、結果を出し続ける親の凄さに、「本当に尊敬しかない」と感服した様子。しかし、「いろんなやり方を探り探りで勉強しながら、必ず美味しいトマトを作る」と、強い信念を覗かせる。逆に嬉しい瞬間を聞いてみた。「家族一緒に仕事ができる幸せかな。自営業の人にしか味わえない楽しみ」と満面の笑みで答えてくれた。

普通の生活がどれだけありがたいことか気付かされた。

 今回の地震で甚大な被害を受けた阿蘇。そのときの様子を石田さんはこう語る。「自宅や納屋に被害があったが、命が無事だったことがなにより」。ただ、精神的ショックは計り知れなかったという。「田んぼに大きな地割れが起き、ショックを受けて立ち尽くす父の姿が忘れられない」。それもそのはず、以前、九州北部豪雨災害で流された田んぼが、今年は地震の被害を受けてしまったのだ。「ハウスの真ん中から水が噴き出したのは衝撃だった。でも、一つずつ受け入れて乗り越えていくしか。どうやっても自然には勝てないし、その自然によって自分たちは生かされているから」。その瞳には言いようもないもどかしさが映っていた。 元気にやっていくと決めた。

 最後に今後のビジョンを聞いてみた。「今回の地震で本質的な部分を見つめるきっかけになった。元気にやっていくしかない。今後は収量を増やして結果を出し、家族仲良く過ごしたい。また、命があれば何でもできる、そう信じるから」。

茎やつるを紐で支柱に結び付けることで、向きやバランスを良くし、元気に生長させる「誘引」という作業を行います。
俺が引き継ぐけん安心してよかバイ!