熊本の農業

「農家ってすごく楽しいんだよ」っていく生き方を体現し、それらを後世に伝えていきたい
松岡 秀記さん / 天草市下浦町

2017.02.15



キラキラと輝く天草の美しい海を眼下に望む天草の丘陵地帯。その地で果樹農家を営む松岡秀記さんは就農11年目の38歳。祖父、祖母、両親、妻、息子の7人家族。4代目として、極早生温州みかん、デコポン、清見、ポンカン、晩柑を父親と共に手がけている。初代の曽祖父は、大正14年に天草のポンカン発祥に関わった人物で、品種に〝松岡系〟と名付けられたほど。「ポンカンには高梢系と低梢系の2つの系統があり、うちのは低梢系。小ぶりながら味は濃厚でとても美味しい」と松岡さん。とは言え自然相手の仕事、「天候にも左右され、デリケートなうえ、作業工程も多い。経験値では測れない部分があり、方程式が当てはまるとは限らないので、状況によって見極めながら実践するセンスが必要になってくる」と、その難しさを口にする。

「父のみかんへの愛と情熱には勝てない」と、秀記さんが尊敬してやまないお父さん。
「月あかりが夜の海に反射した情景が好き」という、顔も心もイケメンの秀記

正直なところ、本心は継ぐつもりはなかった。

 松岡さんは大学を卒業後、いったん実家の天草に戻ったが、「学生の頃から音楽をやっていて、どうしてもミュージシャンの夢を諦められなかった」と一年後に上京を決意。エネルギーに溢れた東京で勝負したいとの想いから音楽学校へ通い、バンド活動をしながら4年間夢を追い続けた。しかし、心境に変化が訪れる。「親父が帰郷することを切望していて、裏切れないという感情が芽生えてきた。兄貴が事故で亡くなったこともあり、親父の気持ちを考えたら〝俺が継がないと〟って」。帰郷後しばらくは心のスイッチが入らなかったが、「結婚し息子が生まれたことで価値観や責任感が変化した。大変な部分はあるが、生き甲斐や幸せがギュッと詰まった人生になった」と徐々に天草での生活に魅了されていったという。「休みも調整できる仕事だし、家族と一緒にご飯を食べる時間もちゃんとある。音楽の趣味も続けていて、天草にも沢山上手い人が居るし多くの仲間と繋がった」とかなり充実している様子。

今後、この仕事は すごく面白くなる。

 「農業は本当に奥深くて難しい。だからこそ自分の思ったやり方がバチッとイメージ通りになったときの嬉しさは言葉では表せない」と今では完全に農業の虜に。生産者仲間との交流も定期的に行い、様々な情報を得て参考にしているという。「今の時代、情報を得ようと思えばいくらでもツールはある。時代のニーズの変化に対応し、攻める姿勢というのも大切。変化はチャンス。そういう意味ではこの仕事はすごく面白くなる。ネットにより世界が近くなって、いろんな連携が期待できるし、考えもつかないマーケットが生まれる可能性だってある」と先を見据える。「美味しくて喜んでもらえるものを作るのは当然。しかし、ただ良いものを作るだけじゃなく、いかに売り方を考え、付加価値を付けていくかが重要。しっかり頭を使い、新たな農業のスタイルを作っていきたい」と決意を口にする。

〝継ぎたい〟と憧れられる ような後ろ姿を見せたい。

 最後に今後のビジョンを聞いてみた。「親父の背中を見て学びつつ、自分が良いと思ったことはやって、ダメならダメで受け入れる。東京のときもそうだったが、とにかく飛び込まないとわからない。そして、農業も趣味もしっかりやって魅力的なライフスタイルを送っていきたい。先々は息子に継いでほしいという気持ちはあるが、それは息子が決めること。だから、〝継ぎたい〟と憧れられるような後ろ姿を見せるのが自分の責任。そんなカッコいい人になりたいし、そういう父親になるのがこれからの目標ですね」。

「開花→実が成る→大きく育つ→収穫→貯蔵→出荷」という行程の中には、剪定、摘花、薬剤噴霧など多くの作業が。(写真は薬剤噴霧)
いつか越えたい憧れのオヤジの背中